京都市左京区聖護院山王町6 TEL 075-761-5151
営業時間:8:00〜18:00 無休
東山丸太町を一本上にのぼった通 り、春日北通(聖護院通)には門跡寺院の聖護院や五大力さんで親しまれている積禅院、縁結びの神様として人気のある須賀神社など、面 白い神社がたくさんあります。そんな京都の庶民が親しみ足を運ぶ春日北通 に「聖護院八ツ橋総本店」はあります。元禄二年創業以来京都を代表的する菓舗の店構えは歴史の重みと気品ある風格が感じられ、聖護院界隈の観光ポイントとして全国のお客さんが立ち寄ります。聖護院八ツ橋総本店の企画担当の寺山さんに色々な八ツ橋話を聞かせてもらいました。これがまた面白いのです。

【検校さんて一体何者?】
「聖護院八ツ橋」の八ツ橋は近世箏曲の開祖「八橋検校」から起因したものです。この検校さん、ド偉いお人で、小さい頃より目が見えなくて当時室町、徳川幕府に保護承認された目の見えない人達による治外法権的組織「当道座」に編入し、大阪摂津の地で表芸の一つ三味線を弾いて名を高めました。その後16.7歳頃江戸に出て、筑紫流箏曲の伝承者法水に出会い筑紫琴の技法を学びます。

習得後更にその奥義を極めたいと九州まで赴き、「賢順」第一の高弟玄恕に従い筑紫流箏曲の秘曲を全てマスターしました。目が見えないハンディーも吹っ飛ばし、まじめで前向きな検校さんは本当に強いお人です。江戸に戻った検校さんはさらにパワーアップし陰音階を基調とした新しい箏組歌十三曲を創始するとともに段物(器楽曲)と呼ばれる「六段の調べ」「八段の調べ」「乱れ」を作曲し、近世箏曲の礎を確立しました。日本のベートーベン!はたまたモーツァルトか!

【なんで検校さんが聖護院八ツ橋さんと関係あるの?】
そんな検校さんは近世箏曲の普及に伝承にと、貢献する沢山の高弟や門弟を育てましたが、貞享2年6月12日多くの門弟に見守られる中静かに生涯を閉じました。京都黒谷・金戒光明寺に葬られ、その後も「八橋検校」の遺徳を偲び参詣に訪れる人々が絶えることはなく、そのため門弟達が「検校」にちなんで、琴を形取った干菓子を「八ツ橋」と名付け聖護院の森・黒谷の参道で売ったのが始まりなのです。

【八ツ橋って…、じゃ〜干菓子のこと?!】

私は今まで「八ツ橋」と言えば三角で粒あんの入ったものを言うのかと思っていましたが、実はそう思ってるのは30歳前後から下の年代で、もともと「八ツ橋」と言ったら焼いた琴型のものを言うのです。私が「八ツ橋」と思っていたものは正式には「つぶあん入り生八ツ橋」なのです。

【では、いつつぶあん入り生八ツ橋がブレイクしたの?】
昭和35年の祇園祭の前日「一力茶屋」で開かれた「表千家即中会」のお茶席で、お茶菓子として出したのがえらい好評で、その後商品化し京都を代表する銘菓になったのです。

【生八ツ橋って生物なの?】
ノンノンノン!決して違います。焼いた八ツ橋があくまでも「八ツ橋」。ですから焼く前、すなわち蒸し上がった状態の物を生八ツ橋といって区別しているのです。

このように伝統と歴史を守り続けている「聖護院八ツ橋総本店」、基本姿勢は「八ツ橋一筋!」ですが、新しく八ツ橋を応用したお菓子「カネール」が販売されました。(総本店・熊野店・京都伊勢丹・京都高島屋のみ販売)伝統を守りながらも新しいテイストを加え、沢山のお客様に喜んでもらえるようにと常に「聖護院八ツ橋総本店」は頑張っています。