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祇園の歌舞練場の東裏に崇徳天皇の遺髪が納められている場所があります。崇徳天皇と言ったら保元の乱により配流先の讃岐で「日本国の大魔王となって王臣を転倒させよう」と舌を噛みきり、その流れる血で大乗経の奥に誓状を書き付け、神仏に祈請しながら海底に沈めたという、怨念たっぷりで自害した人物であります。
保元の乱は京都に都が遷ってから、都の真ん中で合戦が起こり上皇が配流されたり、貴族が合戦で死んだりするという初めての戦乱であったのです。そして平治の乱が起こり、治承・寿永の乱と続き、武士の世の中へと時代は移っていきます。貴族達はその天変地異と急激な時代の変化を「院の怨霊」によるものと恐れていたのです。
歌舞練場の裏の通りはとっても静かで、気持ちの良い風がソヨソヨと吹きこんできます。そんなさわやかな所に「崇徳天皇御廟」はあるんですが、むりやり中をのぞき込んで見ると、大きな木の根本に石碑があって、辺りはドヨヨ〜ンとしたムードが漂っていました。 |
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