| 京都人である私にも関わらず、悲しいかなここのお寺の存在を知りませんでした。反省…。
学生の時毎日木屋町に足を運んでいたのに…、私と同様、いつも木屋町で遊んでいる若者やおじ様達ってみんな知ってるのかな?
いつも賑わっている三条木屋町をちょっとだけ南に下るとあるではないですか!しかも門前に「豊臣秀次公之墓」とデカデカと石碑が建っているではないですか!知らなかった自分がイヤになっちゃいます。
中にはいると秀次一族の資料が展示されており、一つ一つ見ていくと、悲惨な歴史の跡が語られていました。※1.寺宝「秀次公絵縁起一巻」や※2.「瑞泉寺絵縁起 四巻」等歴史上まれに見ぬ悲劇がそこに描かれていました。
また秀次一族の墓所や地蔵堂の引導地蔵尊と運命を共にした家臣や一族、四十九体の京人形が生々しく、秀次公の無念さや悲惨さ、秀吉公の恐ろしさを更に感じさせられました。
※1「秀次公絵縁起 一巻」 太閣秀吉に謀叛の疑いをかけられてから一族の処刑に至る悲劇の真頁末を、秀次
中心に記述、描画したもの
※2.「瑞泉寺絵縁起 四巻」秀次の自刃から一族の死、そして角倉了以と瑞泉寺の建立に関わる縁起を記述描画したもの
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