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真言宗大覚寺派大本山「大覚寺」、876年嵯峨天皇の離宮だった嵯峨院を皇女正子が寺院に改めたのが始まりです。
文永5年後嵯峨天皇が出家して入御、次の亀山天皇、続いて御宇多上皇…と、ここに入って院政を行ったため「嵯峨御所」と呼ばれるようになりました。
その後南北朝時代の対立終息時は大覚寺客殿において南北朝合一が成立、それ以来明治維新まで法親王が住持を継ぎ、長きに渡りその格式を保ってきたのです。
それだけに「大覚寺」は御所の雰囲気を醸し出しており、大門をくぐるとまず一番に目に付くのが大玄関の菊の幟幕。そして建物内は回廊で結ばれており、そこに立っているだけで回廊を足早に歩く僧たちや、御影堂前の舞楽台で優美な舞が行われていたなど、王朝の世界に浸ってしまいます。
さらに五大堂の観月台からは大沢池を一望することができ、寺院と言えどもなんとも風情のある雅な建物です。「大覚寺」は「嵯峨御所」と呼ばれただけあって、かなり見応えのある優美な寺院です。
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